2011年10月23日日曜日

島の仲間 木谷さんの果樹園

LuckyIsland Projectの農業の先生、島の仲間の木谷さんの果樹園です。
不耕起、無農薬の果樹園はご覧のとおり、まるで山のようですが、みかん・はっさく・柿・びわ等々 飛び切り美味しい果樹が収穫できます。



立派な畑になりました。

        ご覧のとおり、LuckIsland House庭も立派な畑になりました。


          蒔きつけた種もしっかり芽を出していますよ。

2011年10月22日土曜日

LuckIsland House粟島 特産メニュー開発中

LuckyIsland projectでは、粟島特産物を使っての食材・メニューを研究開発中です。
あなたもご来島の折には、LuckIsland House特選メニューをご試食ください。

粟島特産のムール貝です。拳ぐらいの大きさがあります。貝柱が強力で少しぐらい湯がいても口を開けません。この貝で取ったブイヤベースの出汁は絶品です。

島の茄子と手打ちのパスタです。

残暑にめげず、粟島遊休地開墾projectフル稼働!!

9月に入って粟島遊休地開墾projectフル稼働です。
畑も、LuckIsland Houseの庭の畑以外に、島民の方から2ヶ所無料でお借りすることができ、連日植えつけ計画、種の入手の手配などをしつつ、開墾作業に追われています。無農薬・有機栽培で、安心安全な野菜作りに向けてLuckyIsland projectの仲間たち、頑張っています!

LuckIsland Houseの庭の畑もすっかり片付きました。

休日には、生南君のお父さんも応援に駆けつけてくれています。

第2農園です。

島での農業の先生、木谷さん。徹底した有機・無農薬栽培

LuckyIsland project 新たな旅立ちに向けて

平成23年8月21日、悶々と過ごす酷暑の中、やっとLuckIsland Houseの行く末を示す新たなprojecがスタートしました。高松からセンター事業団香川の生南君(33歳)が、私達と協同で、島の遊休地を開墾し、日本固定種の植物を栽培するためにやってきてくれたのです。
早速荒れ放題になっていたLuckIsland Houseの庭の畑から開墾開始です。


開墾前のLuckIsland House庭の畑



LuckyIsland House ブログ再開しました。(長いお休み申し訳ありません)

LuckyIsland House 管理人のブログを長い間お休みしてしまいました。本当に申し訳ありません。お休み中のLuckyIsland projectの経過をお知らせいたします。
平成23年8月11日〜12日
香川県のNPO法人 綾上こどもの里インターナショナルスクールのサマーキャンプに福島県及び放射能汚染から避難をかねて参加していた子供たちを、粟島LuckIsland Houseにお迎えしました。一日でも島の自然に包まれて、自由でゆったりとした時間を安全な食べ物と共に過ごしていただきたいとの思いで、私達LuckyIsland projectがご招待させていただいた次第です。
当日は30数名のお客様で、LuckIsland Houseは溢れんばかりでした。海ではしゃぐ子供たちの姿は、こどもの姿が消え去って久しい島の風景に生々とした輝きを与えてくれました。
夕方には高松から参加の有志の仲間と、LuckyIsland project HALKOの夕日を背景にしたライヴが開催され、島の人々も一緒になごやかなひとときを過ごすことが出来ました。
しかし、子供たちの輝く瞳を覗き込むにつけ、私の胸中にはこの子たちの故郷の惨状が浮かんでしまい、ともすると心がふさがってしまったのです。
今自分は何が出来るのだろうか?何をしなければならないのだろうか?・・・
この子たちに贈ることができる「希望のヴィジョン」とはどのようなものなのだろうか?・・


子供たちを見送ってから、何も手につかない日々が続いてしまいました。

2011年7月20日水曜日

台風一過

台風が通り過ぎました。昨日は午前中停電になり、一度復旧しましたが午後から再度停電になりました。志々島、高見島も粟島から海底ケーブルで送電しているので同時に停電になっていた模様でした。島にある詫間町の出張所の情報では、粟島汽船が運行していないため、四国電力の工事スタッフが島に渡れないため復旧は20日か、もしかすると21日になるとの事でしたが、島民の幾人かが四国電力に抗議の電話を入れた結果、18時過ぎに急遽海上保安庁の船で2.5mの波をよぎって修理スタッフ8名が来島し、1時間ほどで復旧しました。結果午前中の分を入れると9〜10時間程度の停電でした。島の高齢の住民の中にはオール電化設備を導入している方が結構おられて、台風の中、お茶も飲めない状況でした。この様な事態になると、つくづく1種類のエネルギーに頼る生活はいかがなものかと考え込んでしまいます。一昔前の島での生活は不便ではありましたが、薪さえあれば(流木でも裏山で拾ってきた粗朶木でも)ご飯も炊ければお湯も沸かせました。現在の文化的生活と呼ばれるライフスタイルで失って来たもの、失ってしまった物語を、吹き返しの西風のうなりを聞きながら思い出しました。
ペースメーカーのような電気に頼る医療機器を使っている人がいなかったのが不幸中の幸いで、粟島では人的被害はありませんでした。
今日から台風の後片づけにかかります。